Born 1929 in Matsumoto-shi, Nagano, Japan
Lives and works in Tokyo, Japan

草間彌生は、1929年長野県松本市に生まれ、10歳のころから統合失調症に悩まされ、幻覚や幻聴の治療として、それらを描きとめるようになる。彼女はある時、「机の上の赤い花模様のテーブル・クロスを見た後」、「部屋じゅう、身体じゅう、全宇宙が赤い花の形で埋め尽くされ」、「インフィニティ・ネッツ(無限の網)に体を束縛され」たと言い、その後しばしば「周囲を、薄い絹のようで色の定かでない灰色の帳が取り囲んだ」という。1945年、第一回全信州美術展覧会に16歳で入選。高校卒業後、京都市立美術工芸学校(現・京都市立銅駝美術工芸高等学校)で日本画を学ぶ。松本市第一公民館で初の個展を開き、精神科医の西丸四方から賞賛を受け、ゴッホ研究でも著名な精神科医の式場隆三郎を紹介される。同年、同じ場所で2度目の個展を開き、松澤宥からの紹介で、評論家の瀧口修造による寄稿文を得る。瀧口はニューヨークの国際水彩画ビエンナーレに彼女を紹介し、これをきっかけに、1957年より草間はニューヨークに移住、当時の前衛芸術家たちと親しくなって新たな制作を展開、屋外でハプニングと称される過激なパフォーマンスを行うようになる。1973年、パートナーとなっていたジョゼフ・コーネルが死去。草間は体調を崩し日本へ帰国、美術家の活動だけでなく、文筆家としての活動も活発になる。1993年、ヴェネチア・ビエンナーレに日本代表として参加、国際的な評価がさらに高まる。(岐阜県美術館 学芸員 西山恒彦、Gifu)

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