セカンダリーマーケットの狂乱と非西洋のアーティスト:Amoako Boafoとガーナのエコシステム

黒人系アーティストの高騰と地域的視点

2021年12月、世界最大のアートフェアのひとつ、アート・バーゼル・マイアミ・ビーチの期間中、マイアミのルベル・ミュージアムが開催したアーティスト・イン・レジデンス成果展示の様子です。1965年にルベル夫妻のプライベートコレクションから始まったルベル・ミュージアム(旧ルベル・ファミリー・コレクション)は、古くはジャン=ミシェル・バスキアやジェフ・クーンズをキャリアの重要な時期に支え、近年はレジデンスやいくつもの公共的なプログラムを開催しながら、スターリング・ルビーやオスカー・ムリーリョら、スーパースターたちを育ててきました。マーケットのトレンドセッターとして知られるこのコレクションの展示を現地で訪れたアートディーラーの塩原将志氏は、マーケットでの黒人系アーティストの勢いがまだまだ衰えないことを感じたといいます。

ここ数年で、黒人アーティスト、特にフィギュラティブな作品を作るアーティストの需要は急騰しました(註1)。ジデカ・アクーニーリ・クロスビーなど、映画『アートのお値段』にも登場しており、アート好きならご存じの方も多いでしょう。白人中心性の高い従来の美術が「まなざした」姿ではなく、黒人のアーティストが主観によって表現した黒人の姿は、表象の多様化(現実のバランスに近づけること)という面で重要な価値を持ちます。2020年Art Review誌が発表したパワー100の第一位がBLMだったように、美術を越えた社会の動きもそれを後押ししました。

しかし美術史的、社会的な価値を重視して作品の価格が上がると、そこに商機を見出す人も大勢現れます。これら黒人アーティストの作品については、転売者が作品をセカンダリー・マーケットに流し、投機目的の購入者が多く現れ、オークションで天文学的な価格で落札されてています。こうした状況には、作品を時代に残すのに大きな役割を果たす学術領域の人間を過度な商業化によって遠ざけてしまうなど、ネガティブな側面も指摘されています(注2)。

また、一口に「黒人アーティスト」と言っても人種的経験や出身地域、社会的な背景は実に様々です。アフリカン・アメリカンのアーティスト、ブリティッシュ・ブラック・アーティスト、ラテンアメリカの黒人、ムラート、サンボのアーティスト、アフリカ大陸出身…その中にも黒人がマジョリティの西アフリカで暮らすアーティストや、白人国家である南アフリカでマイノリティとして暮らすアーティスト…。グローバル化と共に、美術における西洋中心性の相対化、語りの複数化が進む昨今、アートシーンの動向を“中心”からだけでなく複眼的に把握することが必要でしょう。

アフリカ現代美術を専門に研究する筆者は、このコラムや配信を通じて、アフリカ大陸各国・各地域からの目線で、グローバルなシーンでのできごとを解説してきました。今回は、マーケットにおける「黒人アーティスト」の台頭という大きく激しい流れについて、アモアコ・ボアフォを主人公に、マーケットの狂乱と格闘しながら、“地元”のシーンで、エコシステムの涵養に大きな役割を果たすアーティストの在り方を、西アフリカのガーナの視点で紹介します。

Amoako Boafo

アモアコ・ボアフォは、近年の「黒人アーティストの具象作品の高騰」現象の功罪を象徴するアーティストの一人です。

田口美和さんは、2019年、アート・バーゼル・マイアミ・ビーチに訪れた際に、ルベル・ミュージアムでのレジデンス成果展である個展で彼の作品を初めてみたといいます。「ぱっとみていいなと思ってルベルさんに「どこで買えるの?」って聞いたけど、世界中からオファーが殺到していて、とてもじゃないけど買える感じじゃなかった。クレイジーな感じの人気でしたね。」毎年国際的なフェアを巡回していた田口さんが、初めて知った時にはすでに買えなくなっていたほど、彼は一瞬でアートマーケットのトップスターに駆け上がりました。
数年前まで一作品100ドルほどで絵を売っていた彼にとって、これがマイアミ・ビーチでのデビューの年でした。にも拘わらず、ルベル・ミュージアムで大規模な個展を開催した上に、マリアンヌ・イブラヒム・ギャラリーが出展したソロブースは完売。Artnetは、この年マイアミ・ビーチでの最も“アツい”招待イベントのひとつが、ファエナ・ホテルで開催されたボアフォを囲んでのパーティーだったと紹介します。パリス・ヒルトンやカロリナ・クルコヴァといったセレブを始め、多くのスターが彼を時の人にしようと集まっていました(注3)。

ボアフォの出世

1984年にアクラで生まれ、幼い頃に父親を亡くしたボアフォは、母親の働き先の男性の支援を受けてガーナの美術学校Ghanatta College of Art and Design に進学し、2008年に卒業します。そして、2014年にオーストリアのアーティストでのちに配偶者となるスナンダ・メスキータ(Sunanda Mesquita)と共にウィーンに移り、ウィーン美術アカデミー(the Academy of Fine Arts, Vienna)でMFAを取得します。

彼はこのウィーンで、出会った黒人たちのポートレート作品の制作を始め、エゴン・シーレらウィーン分離派を引用したねじれたような身体表現と、筆の代わりに指に絵具をつける、独自の様式を確立しました。ウィーンの専門家たちの注目を集め、2017年にヴァルター・コシャツキー芸術賞(Walter Koschatzky Art Award)を受賞します。この時点ではまだまだグローバルなマーケットでは無名だった彼ですが、2018年春にケヒンディ・ウィリーに見出されたことで、人生が激変します。アフリカン・アメリカンで初めてオバマ元大統領夫妻の公式肖像画を描いたことでも知られ、タグコレにもコレクションされているウィリーは、かねてからサハラ以南の新進のアーティストを支援してきました。Instagramでボアフォの作品を見つけてすぐ連絡をとって作品を購入し、彼が所属する4つのギャラリーにすぐメールをしました。そのうち、米ロサンゼルスのロバーツ・プロジェクツ(ベネット・ロバーツ、Bennett Roberts)が反応し、当時無名のボアフォに大規模なソロショーを開催する勝負に出ます。一作品あたり10,000ドルの値段をつけ、二日目までに完売しました。

2019年2月にロバーツ・プロジェクツはフリーズ・ロサンゼルスにボアフォの作品を数点持っていきます。そしてその後、ジェレミー・ラーナー(Jeremy Larner)やアミール・シャリア(Amir Shariat)といった大手のディーラーが、ボアフォの作品を購入すると共にアートワールドにおけるサポーターとして親交を結びます。そしてその2019年夏にシャリアを提案などを通じて、ルベル・ファミリー・コレクションでの滞在制作が実現したのでした(注4)。

同時期に、ソマリア系フランス人のギャラリスト、マリアンヌ・イブラヒムがアート・バーゼル・マイアミ・ビーチでのボアフォのソロ・ブースの開催に向けて動き始めます。マリアンヌ・イブラヒムは、北米でもっとも有力なアフリカ系アーティストを扱う新進ディーラーの一人で、シカゴに続いてパリにもギャラリーをオープンしました。

このようにアモアコ・ボアフォは、ガーナの美大を出たのち、アフリカ現代美術シーンのインフラに頼らず、ヨーロッパのインフラを経由して、北米のマーケットでわずか数年で駆け上がりました。これまでのアフリカ大陸出身のアーティストは、美術館や芸術祭での評価がそのキャリア構築に大きい役割を果たすことが多く、グローバルなマーケットで先に世界的認知を得るというライフコースはかなり珍しいものです。時代の変化を感じます(注5)。

転売者の出現とオークションの狂乱

マーケットは、インスティチューションやアカデミアと美術の更新における両輪として働くものであり、その価値づけや歴史づくりに欠かせない一部です。特に、北米のような美術における公的領域が小さい国では、マーケットの第一線で作品が扱われることで、美術館や美術館を持つ個人コレクション、そうした施設に寄贈するパトロンに作品を売ることができます。黒人作家の作品の値上がり自体は、美術の表象の多様化にとって、重要でポジティブなことです。

しかし前述の通り、美術としての価値よりも投機的価値に注目する人々も多く現れます。ボアフォの作品もセカンダリー・マーケットでの転売が横行するようになり、異常な落札価格をたたき出します(表参照)。ボアフォは、「オークションに出るようになって初めてストレスを感じるようになった」といいます。(注6)彼はこうした無秩序な市場に対して、主導権を取り戻そうと格闘しました。それを代表するのがThe Lemon Bathing Suit事件です。

(表→エスティメートが用をなしていない。)

The Lemon Bathing Suit 事件

Artnetによれば、この事件の顛末は次の通りです。このレモン柄の水着を着た女性の絵は、ロバーツがジェフリー・ダイチに委託し、著名なコレクター、ステファン・シムコウィッツに販売したものでした。もちろん、シムコウィッツは自分のコレクションのために購入すると約束して手に入れたのですが…なんと2020年2月のフィリップスのオークションにこの作品が出品されてしまうのです。40000ドルから65000ドルのエスティメートが設定され、多くの人が興味を持って行方を見守りました。結果は多くの人の予想さえも大きく上回り、なんと880,971ドルで落札されたのです!実は、これは、ボアフォ自身が、アリ・ロススタインとラファエル・ヘルド(それぞれ当時29歳、30歳)というコレクターに依頼して、彼の代理で落札させたのでした。

ボアフォは、シムコウィッツが作品を転売することが分かった時点で、作品を自ら買い戻そうと決意しましたが、現金を持っていません。そこで、シャリアのアドバイザーが推薦するロススタインとヘルドの二人と、マイアミ・ビーチのパーティーで知り合い、次のような段取りに合意します。二人は彼らの資産を使って、ボアフォの代理でThe Lemon Bathing Suitを落札し、ボアフォは480000ドル相当の作品を彼らに提供する(落札額が480000ドルを超えても追加の譲渡はなし)。そして、ひとつ注意事項。もし二人がボアフォの譲渡した作品を転売したら、その利益の20%をアーティストに、そして10%をシャリアに渡さないといけない。というのも、これは相次ぐ転売とオークションでの価格高騰を抑制するための方策だからです。

しかし、なんとこの約束も破られてしまい、ロススタインとヘルドの二人は、ボアフォがあげた作品を次々とサザビーズやフィリップスに出品してしまいました。彼らはボアフォにお金も払わず、さらに、なんとThe Lemon Bathing Suitも落札後すぐに300000ドルで市場に戻してしまいます。最終落札者からボアフォに対して600000ドルで買い戻さないかと提案がありましたが、この経緯を通じてものごとに汚点がついたと感じたボアフォは申し出を辞退します(注7)。

相次ぐ転売者と対策

その他にも、キャリアの初期に「お金はたくさん持っていないけど君の芸術が好きだ」と連絡してくれた人物に友情を感じ、「美術は富裕層のためだけのものではない」との信念から低価格(100ポンド)で作品を販売してあげたのに、数年後にその作品がオークションに出されているのを発見して大いに落ち込んだこともありました。当然、作品は500倍もの利益になっています。さらには、個人的なマネージャーのように働いていたラーナーや、彼が協力を求めていたディーラーのジョシュ・ベア(Josh Bear)までも、ボアフォ作品の転売に手を出していたことが明らかになっています(Artnet)。このように、業務上の仲間だと思っていたアートのプロさえも信頼できないような状況になってきてしまっていたのでした。

こうした状況に対抗する現在もっとも有力な方法は、プライマリーマーケットで強い力を持つメガ・ギャラリーと仕事をすることです。Artnetによればボアフォはすでにペース・ギャラリーとガゴシアンとの会談を行っており、これらのメガ・ギャラリーは、もし購入作品を転売したらほかのアーティスト作品を含む一切の取引停止することで、転売を防ぐ強い力を持っています。また、マリアンヌ・イブラヒムも、ボアフォの個展”I STAND BY ME”では、オープニング前に、あらかじめ美術館コレクションか、美術館の評議員のコレクションに作品の行先を決めてしまうなど対策を取っています。彼女は、信頼できるパトロンのもとに作品を届けたいとコメントしています(注8)。最近、日本の“アートブーム”において資産的な側面に着目する向きもありますが、コレクターの担う社会的な役割について再考が促されます(注9)。

ローカルな活動

現在、非白人のアーティストとマーケットやインスティチューションの力関係を見直そうという動きが見られますが、依然、ガーナから出てきた若いアーティストはこんな形でマーケットに翻弄されてしまうという現実があります。欧米のパワーギャラリーやコレクターに頼ることが第一の手段ですが、長い目で見て美術におけるパワーを多軸化するには、やはり各地域のアートシーンの興隆が欠かせません。アフリカ現代美術シーンでは、2010年前後から大陸内のインフラの充実が顕著で、グローバルのトップレベルで活躍する多くのアクターたちが、ローカルなインフラの建設に直接かかわっているという特徴があります。アーティストに関しても、かつては海外流出への危惧があったが(注10:Louis Vuittonのやつ確認)、今や60パーセントは大陸を拠点にしています(注11)。

特に、エル・アナツィ以来多くの世界的アーティストを輩出してきたガーナでは、国家による財政的支援がほとんどない中でも、在来の文化に合わせた「脱植民地」的なインフラ構築やカリキュラムの見直しなど、ローカルな美術の生態系の涵養が進んでいます。その担い手は、世界のトップスターたちであり、ボアフォも“地元”のアートエコシステムの涵養に、地道に力を尽くしています。

彼の運営するスペースは、アクラのラバディにあり、アーティスト・イン・レジデンス兼ギャラリーの機能を有しています。もともと自分自身のスタジオの隣に、いくつかのスタジオを開設し、エマージングなガーナのアーティスト(Eric Adjei Taiwah ら Aplerh-Doku Borlabi)に場所と設備を提供しています。施設の目的は「アーティストが集まり、実践し、協働したり実践しするとともに、純粋な方法でアートを表現することを学ぶことができる、セーフスペースを作ること」(注12)。ボアフォ曰く、ガーナのアートシーンにとって協働と共存は非常に重要で、新しい世代のために、トレーニングの堅い基盤を確立しておく必要があるといいます(注12)。彼は2019年に、アフリカ出身のアーティストとして初めてDiorとコラボレーション・ラインをローンチしましたが、このコラボに際して、Diorはボアフォのスペースを充実させるための資金を補助しています。

ガーナのスターたち

そのほか、パフォーマンス・アーティストのエリザベス・エフア・スーザーランド (Elisabeth Efua Sutherland)のTerre Alta、領域横断的なパフォーマンスを行うアクティビスト・アーティストのcrazinisT artisT(本名Va-Bene Elikem Fiatsi)が perfocraZe International Artist Residency (PIAR)を設立。それぞれ、作品発表やリハーサル、リサーチにも使える複合施設として運営しています。また、ガーナを代表するスーパースター、イブラヒム・マハマもタマレに、サバンナ現代美術センター(SCCA)、レッド・クレイ(Red Clay)、エンクルマ・ボリ・ニ(Nkrumah Voli-ni)の3つもの施設を創設しています。彼は、ポストコロニアル状況や歴史的文脈・資本主義の力学について思考し、社会に変化をもたらすひとつの道具として作品を作るアーティストで、2019年のヴェネツィア・ビエンナーレ、2020年シドニー・ビエンナーレ、2021年のホワイトキューブの個展などで大規模なインスタレーションが大きな話題を呼んでいますが、こうした施設運営を通じても、ガーナの美術史、近現代史に新しい語りを生むための包括的な活動をしています。また、既存の建物・廃墟を改修してアートセンターとして再生することで、国家に対して、文化施設の価値や可能性を示し、歴史的な建造物を保存する意義を理解してもらおうという意図もあります(注13artnet)。マハマは、ホワイトキューブの展示で得た利益をこれらの活動の資金に充てています(注14 Frize)。

大陸のマーケットはパワーを持てるか?

欧米のマーケットで得た利益をローカルな(多くは非営利の)アートインフラの資金に充てる事例を紹介してきましたが、ここ数年ついに、アフリカ大陸のアートマーケットが確かな成長を見せています(Artnet 2019など参照)。アフリカ大陸の中でも経済的に成長を見せているガーナでは、コマーシャル・ギャラリーやアートフェアも増えています。
2021年3月26日から5月9日、ボアフォは、ガーナのアクラで“Homecoming: The Aesthetic of the Cool”という展示に参加していました。同じガーナのGhanatta College of Art and Designを卒業した、オーティス・クワメ・カイコエOtis Kwame Kye Ouaicoe (1988)、クウェシボッチウェイ Kwesi Botchway(1994)との3人展です。カイコエは、2021年のルベル・ミュージアムのレジデンスアーティストに選ばれ、バーゼル・マイアミ・ビーチで個展を開催、そう冒頭で紹介した、塩原さんが見た風景です。ボアフォのすぐ後を追いかける形でグローバルなマーケットのど真ん中で地位を築いています。未だに「アフリカの現代美術を扱っているなんてまた珍しいことをやっていますね」というようなことを美術関係者からも言われることがありますが、グローバルシーンのトップレベルに躍り出るエマージングアーティストを知るためのひとつとして、アクラのギャラリーは、普通に目に入れるべき範疇にあるといえる時代です(注15)。

Gallery 1957とアフリカのギャラリー

Gallery 1957は、長年西アフリカの美術を扱ってきたモーワン・ザカムが2016年にアクラのケンピンスキー・ホテルの中にオープンしたギャラリーで、西アフリカのアーティストを多く扱ってきました。2020年には、タグコレにも所蔵されているマリの巨匠、アブドゥライエ・コナテの個展も開催されています。そして、2020年10月にはロンドンにも支店をオープンしたのです。アフリカ大陸からは他にも、アビジャン(コートジボワール)のセシル・ファクウリー(Cecile Fakhoury)がダカールとパリに支店をオープンしFiacにも出展、アディスアベバ(エチオピア)のアディス・ファイン・アート(Addis Fine Art)がロンドンに支店をオープンさせるなど、ローカルな次元でのアーティスト育成に留まらず、グローバルマーケットで“本気”の勝負を仕掛る姿勢が見られます。欧米のギャラリーに対抗しうる力を持つ存在は、現在、南アのグッドマンやスティーブンソンなどに限られていますが、こうした西アフリカや東アフリカのギャラリーの中から出てくるのかもしれません。

まとめ

グローバルマーケットで黒人アーティストの作品が値上がりしている、という有名な現象の背後にはこのように多様な文脈が存在します。欧米のブームを後追いして(あるいはしきれずに)流行りものとして黒人アーティスト作品を購入・鑑賞するのではなく、こうした背景を知ると、彼らがどこから来て今何をしているのかについての解像度が上がるのではないでしょうか。これは、アフリカの動向を知って若手作家を”青田買い”しよう!という話ではありません。非西洋作家の尊重という流れさえも非西洋作家に搾取的に働いてしまうマーケットのパワーの持つ功罪を理解した上で、各地域の動向を複眼的に把握して、美術の多元的な価値をサポートするコレクター・鑑賞者が日本語圏に増えることを願っています。

 

註1 ”Demand for work by Black artists—especially those who make figurative paintings, like Njideka Akunyili Crosby, Lynette Yiadom-Boakye, Henry Taylor, and Tschabalala Self—has skyrocketed over the past three years.” Artnet Boafo article

註2 ”This puts the artists under an uncomfortable spotlight: They feel pressure to create more of the same to satisfy demand, while scholars who could help them achieve a lasting legacy may be put off by the commercialization of the work.” Artnet Boafo article

註3 テキスト

註4 ちなみにArtnetによれば2019年の夏ごろには「多くの人々がボアフォというロケットの座席を争っていた」(a number of people were jockeying for seats on the Boafo rocketship.)ので、ボアフォと特別な関係にあると自認する人がたくさんいて、ルベルでのレジデンスも、自分のおかげで実現した、という人が複数存在します。

註5 アフリカ現代美術シーンの最初の興隆期、大地の魔術師展のキュレーターでもあるアンドレ・マニャンとジャン・ピゴッツィたちの活動について、その学術的文脈づけの希薄さから「市場的な価値づけが先行した」と認識する人もいるが、マニャンたちは、アフリカのアーティストから作品を直接大量に購入してコレクションを創設し、自分たちで展覧会を企画してインスティチューションに働きかけるという、かなり独特な形態でアーティストの認知を獲得していった。一般的なアートマーケットでの売買を通じて価値が上がっていったわけではない。アンドレ・マニャンは、マーケットでもアフリカ現代美術の領域を作ることに貢献しようとギャラリーを2009年に立ち上げるが、Fiacに初めて出品するのは2019年のことである。
註6  With “a much bigger audience,” he said, came “the stress—and I didn’t know the stress until things started going to auction.”

註7 but at this point, he feels there’s a stain on the whole thing. “It’s been through so many people that I don’t think I want to buy it back,” Boafo said.

註8 The wave of auction sales is “not sustainable for his practice long-term,” she said. “We are dedicated to placing the works amongst responsible patrons.”
註9 ちなみに筆者はこうした面から、タグチアートコレクションの、公立美術館での展示開催、出張タグコレなどの色々な事業を尊敬しています。
註10

註11

註12 “The vision is to provide a safe space where artists can come together, practice, collaborate, experiment, and also learn to express their art in the purest of ways,” Boafo told Artnet News. 

註13 Mahama’s other goal in rehabilitating existing structures is to convince the Ghanaian state to preserve the country’s heritage through maintaining historic buildings.

註14

註15 (Artnetにも以下の記述がある。As the international art market hungrily eyes the rapid production of Ghanaian artists, with collectors quickly snapping up its up-and-coming names and international institutions scurrying after its artists for museum shows and residencies,(Artist Led).その他記事が複数ある。
https://news.artnet.com/news-pro/dealers-ghana-art-boom-1992053
https://news.artnet.com/news-pro/seven-emerging-artists-in-accra-ghana-2009184 有料

著者略歴

中村 融子 | Nakamura Yuko

京都大学大学院アジアアフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻博士課程。東京大学法学部卒業。美術史・人類学の手法を用いて、主にアフリカ現代美術を研究する。美術制度史やアートエコシステムに焦点を当て、近代的美術制度の中心と辺境、陶芸史、現代陶芸もテーマとして扱う。キュレーター、講演等の活動を行っている。
著作に「アートシーンのフィールドワークー現代アフリカ美術を取り巻く場と人々」『現代アフリカ文化の今 15の視点から、その現在地を探る』(青幻舎)がある。
https://www.instagram.com/ottk128/

現代アフリカ文化の今 15の視点から、その現在地を探る

書名:現代アフリカ文化の今 15の視点から、その現在地を探る
発行年:2020年
発行:青幻舎
種類:一般書
言語:日本語
会場・開催期日:

京都精華大学は、2018年4月、マリ共和国出身のウスビ・サコを学長に迎えた。アフリカ出身者が大学の学長に就任したのは、日本で初めてのことであった。その京都精華大学に新たにアフリカ・アジア現代文化研究センターが設立されることを記念して、アフリカおよびディアスポラの現代文化に関する書き手たちを集めて出版されたのが本論集である。

第二部に美術に関する文章が多く掲載されている。緒方しらべは、ナイジェリアのイレ・イフェでのフィールドワークを元に、当地で「アート」に複数の在り方があることを描写した。グローバルな美術シーンでの「アート」とは別に、在来の首長の需要に応える「アート」や、市民の日常生活の要請に応じる「アート」があり、しかしその「アート」の境界は絶対的ではなく、アーティストは、自身の表現意欲と生活のための稼ぎとの間でバランスを取りながらその都度仕事を選んでいる。日本の現在の「アート」を考える上でも示唆の多い研究であろう。当コラムの著者中村は、アフリカの現代美術シーンの最前線の実践を、ローカルな美術のエコシステムを形成するインフラに着目して紹介した。2010年代からシーンで活躍する若手アーティストの作品画像も多数掲載されている。そして、「大地の魔術師たち」展が開催された1989年から2020年まで、アフリカ大陸内外にまたがるアフリカ現代美術シーンの動向を年表と、アフリカ大陸内のアートインフラを紹介したマップ、2つのインフォグラフィックでシーンの歴史と現在の概観を試みた(注1)。また、世田谷美術館学芸員の塚田美紀、福岡市美術館の正路佐知子がコラムを担当する。世田谷美術館は、川口幸也が日本で初めてアフリカの同時代美術の展覧会(「インサイド・ストーリー」展)を開催したことで知られるが、塚田は、同館コレクションを中心にアフリカ系現代アーティストや作品について紹介する。正路は、同館で開催されたナイジェリア系イギリス人アーティスト、インカ・ショニバレの日本初個展「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」およびショニバレのコミッション作品「桜を放つ女性」について解説した。

本書は美術の他、音楽や建築、アニメなどの項目に加え、社会の営みや生活などにわたる幅広い「文化」をテーマとして扱う。例えば遠藤聡子は、アフリカの現代美術作品でも頻繁に主題となるアフリカの布「パーニュ」が、西アフリカの都市社会でファッションやビジネスとして息づく様子を、意外なエピソードと共に鮮やかに描く。そして、和崎春日・青木敬・菅野淑・小川さやからの章を通じて、ポルトガル語圏アフリカから、日本や韓国、香港などアジアの国々まで包む「アフリカン・ディアスポラ」の広がりについてまさに現在地が確認できる。美術が表象する、現代のアフリカの社会や文化について、基礎的な情報を多角的な視点から捉えられる一冊である。

注1:大陸内のインフラ建設の動きがあまりに盛んで、2021年現在この情報がすでに古いものとなってしまっており、アップデートを試みています。

目次
5 MAP アフリカ大陸

6 序文 現代アフリカの今―15の視点から、その現在地を探る ウスビ・サコ

12 座談会 「現代アフリカ・カルチャーの現在地」ウスビ・サコ/和崎春日/鈴木裕之/川瀬慈

41 第一部 現代アフリカ文化とその根底にあるもの

42 道端這いから世界を生きるストリート都市力―アフリカ生活力の都市人類学 和崎春日

56 グローバル・カルチャーから見る現代のアフリカの若者:抵抗か「ポップ」か 清水貴夫

67 第二部 アフリカのカルチャーシーンを視る

68 アフリカの都市生活とアート 緒方しらべ

82 Column 国際的に活躍する「アフリカ系」アーティストたち 塚田美紀

88 アートシーンのフィールドワーク ―現代アフリカ美術を取り巻く場と人々― 中村融子

106 Column 「Yinka Shonibare CBE: Flower Power」初の日本個展 インカ・ショニバレの姿 正路佐知子

112 現代アフリカ建築と建設の今 ウスビ・サコ

126 アフリカのアニメについて クラベール・ヤメオゴ(訳・補足 遠藤聡子)

134 よりワールドワイドに発展/躍進を続ける、新世紀のアフリカ音楽 吉本秀純

142 ポルトガル語圏アフリカのポップス:無形文化遺産モルナの価値と評価 青木敬

150 西アフリカの「パーニュ」のファッション 遠藤聡子

159 第三部 グローバル空間で紡がれるアフリカ文化

160 大陸の外で変容し続けるアフリカ文化を繋ぐ ~フランスにおける新たなアフリカ文化クリエイター達の肖像から~ 阿毛香絵

174 日本社会に生きるアフリカ地域出身者たち 菅野淑

182 いまだ遭遇していない者を織り込んだ「コミュニティ」―香港のタンザニア人の事例から― 小川さやか

192 「私たち」はどこに向かうのか―まとめにかえて 清水貴夫

195 謝辞

196 関連のおすすめ書籍

198 引用・参考文献一覧

著者略歴

中村 融子 | Nakamura Yuko

京都大学大学院アジアアフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻博士課程。東京大学法学部卒業。美術史・人類学の手法を用いて、主にアフリカ現代美術を研究する。美術制度史やアートエコシステムに焦点を当て、近代的美術制度の中心と辺境、陶芸史、現代陶芸もテーマとして扱う。キュレーター、講演等の活動を行っている。
著作に「アートシーンのフィールドワークー現代アフリカ美術を取り巻く場と人々」『現代アフリカ文化の今 15の視点から、その現在地を探る』(青幻舎)がある。
https://www.instagram.com/ottk128/