Amoako Boafoとガーナのエコシステム:「黒人アーティスト」を取り巻くマーケットの狂乱と地域の視点

△Amoako Boafo, Art Basel Miami Week 2021, Rubell Museumでの展示風景 塩原将志撮影

△上、左の順にOtis Kwame Kye Quaicoe,Tschabalala Self, Genesis Tramaine. Art Basel Miami Week 2021, Rubell Museumでの展示風景 塩原将志撮影

黒人系アーティストの高騰と地域的視点

写真は、2021年12月、世界最大のアートフェアのひとつ、アート・バーゼル・マイアミ・ビーチと同時開催された、ルベル・ミュージアムのレジデンス・コレクション展の風景です。1965年にルベル夫妻のプライベートコレクションから始まったルベル・ミュージアム(旧ルベル・ファミリー・コレクション)は、古くはジャン=ミシェル・バスキアやジェフ・クーンズをキャリアの重要な時期に支え、近年はレジデンスやいくつもの公共的なプログラムを開催しながら、スターリング・ルビーやオスカー・ムリーリョら、スーパースターたちを育ててきました。マーケットのトレンドセッターとして知られるこのコレクションの展示を現地で訪れたアートディーラーの塩原将志氏は、マーケットでの黒人アーティストの勢いがまだまだ衰えないことを感じたといいます。

ここ数年で、黒人アーティスト、特にフィギュラティブな作品を作るアーティストの需要は急騰しました(注1)。ジデカ・アクーニーリ・クロスビーなど、映画『アートのお値段』にも登場しており、アート好きならご存じの方も多いでしょう。白人中心性の高い従来の美術が「まなざした」姿ではなく、黒人アーティストが主観によって表現した黒人の姿は、表象の多様化(美術における人種表象を現実のバランスに近づける)という面で重要な価値を持ちます。2020年Art Review誌が発表したPower 100においてBlack Lives Matterが第一位にランクインしたように、社会の動きもそれを後押ししました。

しかし美術史的、社会的な価値を重視して作品の価格が上がると、そこに商機を見出す人も大勢現れます。これら黒人アーティストの作品については、転売者が作品をセカンダリー・マーケットに流し、投機目的の購入者が多く現れ、オークションでは常軌を逸した価格で落札されています。こうした状況について、作品を時代に残すのに大きな役割を果たす学術領域の人間を過度な商業化によって遠ざけてしまうなど、ネガティブな側面も指摘されています(注2)。

また、一口に「黒人アーティスト」と言っても人種的経験や出身地域、社会的な背景は実に様々です。アフリカン・アメリカンのアーティスト、ブリティッシュ・ブラック・アーティスト、ラテンアメリカの黒人、ムラート、サンボのアーティスト、アフリカ大陸出身…その中にも黒人がマジョリティの西アフリカで暮らすアーティストや、白人国家である南アフリカでマイノリティとして暮らすアーティスト…。グローバル化と共に、美術における西洋中心性の相対化、語りの複数化が進む昨今、アートシーンの動向を“中心”からだけでなく複眼的に把握することが必要でしょう。

アフリカ現代美術を専門に研究する筆者は、このコラムや配信を通じて、アフリカ大陸各国・各地域からの目線で、グローバルなシーンでのできごとを解説してきました。今回は、マーケットにおける「黒人アーティスト」の台頭という大きく激しい流れについて、アモアコ・ボアフォを主人公に、マーケットの狂乱と格闘しながら、“地元”のシーンで、エコシステムの涵養に大きな役割を果たすアーティストの在り方を、西アフリカのガーナの視点で紹介します。

△Mariane Ibrahim Gallery が開催したArt Basel Miami Beach 2019でのAmoako Boafo初個展 Artnet Newsより

アモアコ・ボアフォ(Amoako Boafo)

アモアコ・ボアフォは、近年の「黒人アーティスト作品の高騰」現象の功罪を象徴するアーティストの一人です。

田口美和さんは、2019年、アート・バーゼル・マイアミ・ビーチに訪れた際に、ルベル・ミュージアムでのレジデンス成果展で彼の作品を初めて見たといいます。「ぱっとみていいなと思ってルベルさんに『どこで買えるの?』って聞いたけど、世界中からオファーが殺到していて、とてもじゃないけど買える感じじゃなかった。クレイジーな感じの人気でしたね。」毎年国際的なフェアを巡回していた田口さんが、初めて知った時にはすでに買えなくなっていたほど、彼は一瞬でアートマーケットのトップスターに駆け上がりました。
数年前まで一作品100ドルほどで絵を売っていた彼にとって、これがマイアミ・ビーチでのデビューの年でした。にも関わらず、ルベル・ミュージアムで大規模な個展を開催した上に、マリアンヌ・イブラヒム・ギャラリーが出展したソロブースは完売。Nate FreemanによるArtnetのレポートは、この年マイアミ・ビーチでの最も“アツい”招待イベントのひとつが、ファエナ・ホテルで開催されたボアフォを囲んでのパーティーだったと紹介します。パリス・ヒルトンやカロリナ・クルコヴァといったセレブを始め、多くのスターが彼を時の人にしようと集まっていました(注3)。

△Amoako Boafo スタジオにて。Francis KokorokoCC BY-SA 4.0, via Wikimedia Common

ボアフォの出世

1984年にガーナの首都アクラで生まれ、幼い頃に父親を亡くしたボアフォは、母親の働き先の男性の支援を受けてガーナの美術学校、Ghanatta College of Art and Design に進学し、2008年に卒業します。その後、2014年にオーストリアのアーティストでのちに配偶者となるスナンダ・メスキータと共にウィーンに移り、ウィーン美術アカデミー(the Academy of Fine Arts, Vienna)でMFAを取得しました。

△ 2019年 Reberts Projects でのBoafoの個展風景  塩原将志撮影

彼はこのウィーンで、出会った黒人たちのポートレート作品の制作を始め、エゴン・シーレらウィーン分離派を引用したねじれたような身体表現と、筆の代わりに指に絵具をつける、独自の様式を確立しました。ウィーンの専門家たちの注目を集め、2017年にヴァルター・コシャツキー芸術賞(Walter Koschatzky Art Award)を受賞します。この時点ではまだまだグローバルなマーケットでは無名だった彼ですが、2018年春にケヒンディ・ウィリーに見出されたことで、人生が激変しました(注4)。アフリカン・アメリカンで初めてオバマ元大統領夫妻の公式肖像画を描いたことでも知られ、タグコレにもコレクションされているウィリーは、かねてからサハラ以南の新進のアーティストを支援してきました。Instagramでボアフォの作品を見つけてすぐ連絡をとって作品を購入し、彼が所属する4つのギャラリーにすぐメールをすると、米ロサンゼルスのロバーツ・プロジェクツ(そのオーナーであるベネット・ロバーツ)が反応。当時無名のボアフォに大規模なソロショーを開催する勝負に出ます。一作品あたり10,000ドルの値段をつけ、二日目までに完売しました。

2019年2月にロバーツ・プロジェクツはフリーズ・ロサンゼルスにボアフォの作品を数点持っていきます。そしてその後、ジェレミー・ラーナーやアミール・シャリアといった大手のディーラーが、ボアフォの作品を購入すると共にアートワールドにおけるサポーターとして親交を結びます。そしてその2019年夏にシャリアを提案などを通じて、ルベル・ファミリー・コレクションでの滞在制作が実現したのでした(注5)。

同時期に、ソマリア系フランス人のギャラリスト、マリアンヌ・イブラヒムがアート・バーゼル・マイアミ・ビーチでのボアフォのソロ・ブースの開催に向けて動き始めます。マリアンヌ・イブラヒムは、北米でもっとも有力なアフリカ系アーティストを扱う新進ディーラーの一人で、シカゴに続いてパリにもギャラリーをオープンしました。

このようにアモアコ・ボアフォは、ガーナの美大を出たのち、アフリカ現代美術シーンのインフラに頼らず、ヨーロッパのインフラを経由して、北米のマーケットでわずか数年で駆け上がりました。これまでのアフリカ大陸出身のアーティストは、美術館や芸術祭での評価がそのキャリア構築に大きい役割を果たすことが多く、グローバルなマーケットで先に世界的認知を得るというライフコースはかなり珍しいものです。時代の変化を感じます(注6)。

△2019年、Roberts Projectsの個展を訪れた塩原将志氏!すでに買おうとしても変えなかったそう。

転売者の出現とオークションの狂乱

マーケットは、インスティチューションやアカデミアと美術の更新における両輪として働くものであり、その価値づけや歴史づくりに欠かせない一部です。特に、北米のような美術における公的領域が小さい国では、マーケットの第一線で作品が扱われることで、有力なパトロンに作品を売ることができて、寄贈などを通じて美術館コレクションに入ることができます。黒人表象を扱った作家の作品の値上がり自体は、美術の表象の多様化にとって、重要でポジティブなことです。

しかし前述の通り、美術としての価値よりも投機的価値に注目する人々も多く現れます。ボアフォの作品もセカンダリー・マーケットでの転売が横行し、異常な落札価格をたたき出すようになりました。ボアフォは、「オークションに出るようになって初めてストレスを感じるようになった」と回想します(注7)。彼はこうした無秩序な市場に対して、主導権を取り戻そうと格闘しました。それを代表するのが The Lemon Bathing Suit 事件です。

△ボアフォ作品の落札価格。もはやエスティメートが用をなしていないことが分かります。Copyright Artnet Price Database 2020.

The Lemon Bathing Suit 事件

Artnet の取材によれば、この事件の顛末は次の通りです。このレモン柄の水着を着た女性の絵は、ロバーツがジェフリー・ダイチに委託し、著名なコレクター、ステファン・シムコウィッツに販売したものでした。もちろん、シムコウィッツは自分のコレクションのために購入すると約束して手に入れたのですが…なんと2020年2月のフィリップスのオークションにこの作品が出品されてしまいます。40,000ドルから65,000ドルのエスティメートが設定され、多くの人が興味を持って行方を見守りました。結果は多くの人の予想さえも大きく上回り、なんと880,971ドルで落札されたのです!実は、これは、ボアフォ自身が、アリ・ロススタインとラファエル・ヘルド(それぞれ当時29歳、30歳)というコレクターに依頼して、彼の代理で落札させたのでした。

ボアフォは、シムコウィッツが作品を転売することが分かった時点で、作品を自ら買い戻そうと決意しましたが、現金を持っていません。そこで、シャリアのアドバイザーが推薦するロススタインとヘルドの二人と、マイアミ・ビーチのパーティーで知り合い、次のような段取りに合意します。二人は彼らの資産を使って、ボアフォの代理でThe Lemon Bathing Suitを落札し、ボアフォは480000ドル相当の作品を彼らに提供する(落札額が480,000ドルを超えても追加の譲渡はなし)。そして、ひとつ注意事項。もし二人がボアフォの譲渡した作品を転売したら、その利益の20%をアーティストに、そして10%をシャリアに渡さないといけない。というのも、これは相次ぐ転売とオークションでの価格高騰を抑制するための方策だからです。

しかし、なんとこの約束も破られてしまい、ロススタインとヘルドの二人は、ボアフォが提供した作品を次々とサザビーズやフィリップスに出品してしまいました。彼らはボアフォにお金も払わず、さらに、なんとThe Lemon Bathing Suitも落札後すぐに300,000ドルで市場に戻してしまいます。最終落札者からボアフォに対して600,000ドルで買い戻さないかと提案がありましたが、この経緯を通じてものごとに汚点がついたと感じたボアフォは申し出を辞退します(注8)。

Amoako Boafo. The Lemon Bathing Suit (2019). Courtesy of Phillips.

相次ぐ転売者と対策

その他にも、キャリアの初期に「お金はたくさん持っていないけど君の芸術が好きだ」と連絡してくれた人物に友情を感じ、「美術は富裕層のためだけのものではない」との信念から低価格(100ポンド)で作品を販売してあげたのに、数年後にその作品がオークションに出されているのを発見して大いに落ち込んだこともありました。当然、作品は500倍もの利益になっています。さらには、個人的なマネージャーのように働いていたラーナーや、彼が協力を求めていたディーラーのジョシュ・ベアまでも、ボアフォ作品の転売に手を出していたことが明らかになっています(注9)。このように、業務上の仲間だと思っていたアートのプロさえも信頼できないような状況になってきてしまっていたのでした。

こうした状況に対抗する現在もっとも有力な方法は、プライマリーマーケットで強い力を持つメガギャラリーと仕事をすることです。Artnetの取材に対して、ボアフォは既にペース・ギャラリーとガゴシアンとの会談を行ったことを認めており(注10)、マリアンヌ・イブラヒムとロバーツ・プロジェクツと並んで、ニューヨークでこれらのギャラリーが彼をレプレゼントする可能性があります。こうしたメガギャラリーは、もし購入作品を転売したらほかのアーティスト作品を含む一切の取引停止するなど、転売を牽制する力を持っています。また塩原将志氏は次のようにコメントします。「他の作品が手に入らないと言う牽制だけで、転売屋は排除できません。人気アーティストには多かれすくなかれブラックリストがあって、ギャラリーもそれを把握しています。よって人気アーティストを多く抱えるメガギャラリーはブラックリストの数が多い。 ブラックリスト上の個人、団体への対応が出来ています。また、怪しい人物には売らない資金力と顧客数があり、怪しい人物を調べ上げるネットワークを持っています。」

マリアンヌ・イブラヒムも、ボアフォの個展 「I STAND BY ME」を開催した際には、オープニング前に、あらかじめ美術館コレクションか、美術館の評議員を務めるコレクターの元に作品の行先を決めてしまうなど対策を取りました。彼女は、ボアフォの長期的な活動のために信頼できるパトロンのもとに作品を届けたいとコメントしています(注11)。最近、日本の「アートブーム」において投機的な側面に着目する向きもありますが、コレクターの担う社会的な役割について再認識が促されます(注12)。

△Mariane Ibrahim. Photo by Philip Newton. Mariane Ibrahim Gallery より

アフリカ大陸でのローカルな活動

以上の事例を見て分かることは、非白人のアーティストとマーケットやインスティチューションの力関係を見直そうとの声が高まる現在でも、依然、ガーナから出てきた若いアーティストがこんな形でマーケットに翻弄されてしまうという現実があるということです。今のところ、白人中心性を自覚しマーケットの良心として振舞う、欧米のパワーギャラリーやコレクターを頼ることが第一の方法になります。

しかし、長い目で見て美術におけるパワーを多軸化するには、やはり、各地域のアートシーンの興隆が欠かせません。アフリカ現代美術シーンでは、2010年前後から大陸内のインフラの充実が顕著で、グローバルのトップレベルで活躍する多くのアクターたちが、ローカルなインフラの建設に直接かかわっているという特徴があります。かつてはヨーロッパなどへの「頭脳流出」が危惧された(注13)アーティストについても、南アフリカのCorrigall & Co のアートレポートでは、国際的に認知を得たアーティストの60%が大陸を拠点にすると報告されるほど(注14)で、制作だけでなくプラットフォームの創設などに関与しています。

特に、エル・アナツィ以来多くの世界的アーティストを輩出してきたガーナでは、国家による財政的支援がほとんどない中でも、在来の文化に合わせた「脱植民地」的なインフラ構築やカリキュラムの見直しなど、ローカルな美術の生態系の涵養が進んでいます。その担い手は、世界のトップスターたちであり、ボアフォも「地元」のアートエコシステムの涵養に、地道に力を尽くしています。

彼は、アクラのラバディで、アーティスト・イン・レジデンス兼ギャラリーの機能を有したスペースを運営し、エマージングなガーナのアーティスト(Eric Adjei Taiwah や Aplerh-Doku Borlabiら)に場所と設備を提供しています。施設の目的は「アーティストが集まり、実践し、協働したり実践しするとともに、純粋な方法でアートを表現することを学ぶことができる、セーフスペースを作ること」(注15)。ボアフォ曰く、ガーナのアートシーンにとって協働と共存は非常に重要で、新しい世代のために、トレーニングの堅い基盤を確立しておく必要があるといいます(注16)。彼は2019年に、アフリカ出身のアーティストとして初めてDiorとコラボレーション・ラインをローンチしましたが、このコラボに際して、Diorはボアフォのスペースを充実させるための資金を補助しています。

△ガーナの自身のスタジオで制作するAmoako Boafo。このスタジオに隣接するスペースを、地元の若手アーティストに提供している。Artnet Newsより

ガーナのスターたち

そのほか、パフォーマンス・アーティストのエリザベス・エフア・スーザーランド (Elisabeth Efua Sutherland)が Terre Alta、領域横断的なパフォーマンスを行うアクティビスト・アーティストのcrazinisT artisTが perfocraZe International Artist Residency(PIAR)を設立。それぞれ、作品発表やリハーサル、リサーチにも使える複合施設として運営しています。また、ガーナを代表するスーパースター、イブラヒム・マハマ(Ibrahim Mahama)は、タマレに、サバンナ現代美術センター(Savannah Center for Contemporary Art, SCCA)、レッド・クレイ(Red Clay)、エンクルマ・ボリ・ニ(Nkrumah Voli-ni)と3件もの施設を創設、運営しています。これらは、展示施設やレジデンス、図書館までも備えており、キュレーションやアーティストトーク、鑑賞教室など実に多岐にわたる企画が次々と展開されてきました。彼は、ポストコロニアル状況や歴史的文脈・資本主義の力学について思考し、社会に変化をもたらすひとつの道具として作品を作るアーティストで、2019年のヴェネツィア・ビエンナーレ、2020年シドニー・ビエンナーレ、2021年のホワイトキューブの個展などで大規模なインスタレーションが大きな話題を呼びましたが、こうした施設運営を通じても、ガーナの美術史、近現代史に新しい語りを生むための包括的な活動をしています。また、既存の建物・廃墟を改修してアートセンターとして再生することで、国家に対して、文化施設の価値や可能性を示し、歴史的な建造物を保存する意義を理解してもらおうという意図もあります(注17)。マハマは、ホワイトキューブの展示で得た利益をこれらの活動の資金に充てています(注18)。

△イブラヒム・マハマが運営するRed Clayでの“A Diagnosis of Time—Unlearn What You Have Learned”はガーナの近代美術史の再記述に関わる展覧会だった。子供たち向けの鑑賞ツアーが開催されている。Artnet News より

大陸のマーケットはパワーを持てるか?

欧米のマーケットで得た利益をローカルな(多くは非営利の)アートインフラの資金に充てる事例を紹介してきましたが、ここ数年ついに、アフリカ大陸のアートマーケットが確かな成長を見せています(注19)。アフリカ大陸の中でも経済的に成長を見せているガーナでは、コマーシャル・ギャラリーやアートフェアも増えています。
ボアフォは、2021年3月26日から5月9日、ガーナのアクラにあるGallery 1957にて「Homecoming: The Aesthetic of the Cool」というグループ展に参加していました。同じガーナのGhanatta College of Art and Designを卒業した、オーティス・クワメ・カイコエ(Otis Kwame Kye Ouaicoe, b.1988)、クウェシ・ボッチウェイ(Kwesi Botchway, b.1994)との3人展です。カイコエは、2021年のルベル・ミュージアムのレジデンスアーティストに選ばれ、バーゼル・マイアミ・ビーチで個展を開催しました…そう冒頭で紹介した、塩原さんが見た風景です!彼は、ボアフォのすぐ後を追いかける形でグローバルなマーケットのど真ん中で地位を築いています。

未だに「アフリカの現代美術とは、また珍しいことをやっていますね」というようなことを美術関係者からも言われることがありますが、グローバルシーンのトップレベルに躍り出るエマージングアーティストを知るためのひとつとして、アクラのギャラリーは、普通に目に入れるべき範疇にあるといえる時代です(注20)。

△ Homecoming 展のオープニングフライヤー。Gallery 1957 Facebookより

△Otis Kwame Kye Quaicoe. Art Basel Miami Week 2021, Rubell Museumでの展示風景  塩原将志撮影

Gallery 1957とアフリカ諸国のギャラリー

Gallery 1957 は、長年西アフリカの美術を扱ってきたモーワン・ザカムが2016年にアクラのケンピンスキー・ホテルの中にオープンしたギャラリーで、西アフリカのアーティストを多く扱ってきました。2020年には、タグコレにも所蔵されているマリの巨匠、アブドゥライエ・コナテの個展も開催されています。

そして、2020年10月にはロンドンにも支店をオープンしたのです。アフリカ大陸からは他にも、アビジャン(コートジボワール)のセシル・ファクウリー(Cécile Fakhoury)がダカールとパリに支店をオープンし、パリの大規模アートフェアFiacにも出展。アディスアベバ(エチオピア)のアディス・ファイン・アート(Addis Fine Art)もロンドンに支店をオープンしました。ローカルな次元でのアーティスト育成に留まらず、グローバルマーケットで本気の勝負を仕掛る姿勢が見られます。欧米のギャラリーに対抗しうる力を持つ大陸のギャラリーは、現在、南アのグッドマンやスティーブンソンなどに限られていますが、こうした西アフリカや東アフリカのギャラリーの中から出てくるのかもしれません。

まとめ

「グローバルマーケットで黒人アーティストの作品が値上がりしている」という有名な現象の背後にはこのように多様な文脈と動向が存在します。欧米のブームを後追いして(あるいは追いきれずに)流行りものとして「黒人アーティスト」作品を購入・鑑賞するのではなく、それぞれの背景を知ると、彼らがどこから来て今何をしているのか、高い解像度で作品やアーティストに向き合えるのではないでしょうか。これは、アフリカの動向を知ってぜひとも若手作家を「青田買い」しよう!という話ではありません。非西洋作家の価値の見直しという潮流の中でさえも非西洋作家に搾取的に働いてしまうマーケットのパワーの持つ功罪を理解した上で、各地域の動向を複眼的に把握して、美術の多元的な価値をサポートするコレクター・鑑賞者が日本語圏に増えることを願っています。


注1 "Demand for work by Black artists—especially those who make figurative paintings, like Njideka Akunyili Crosby, Lynette Yiadom-Boakye, Henry Taylor, and Tschabalala Self—has skyrocketed over the past three years." Nate Freeman, September 28, 2020, "The Swift, Cruel, Incredible Rise of Amoako Boafo: How Feverish Selling and Infighting Built the Buzziest Artist of 2020", Artnet News
https://news.artnet.com/art-world/amoako-boafo-1910883

注2  "This puts the artists under an uncomfortable spotlight: They feel pressure to create more of the same to satisfy demand, while scholars who could help them achieve a lasting legacy may be put off by the commercialization of the work." 前掲注1

注3 前掲注1冒頭にて、バーゼルでの華やかなパーティーの様子と豪華なゲストについて詳細にレポートされている。

注4 前掲注1

注5 ちなみに前掲注1によれば、2019年の夏ごろには「多くの人々がボアフォというロケットの座席を争っていた」(A number of people were jockeying for seats on the Boafo rocketship.)ため、ボアフォと特別な関係にあると自認する人がたくさんおり、ルベルでのレジデンスについて「自分のおかげで実現した」という人が複数存在する。

注6 アフリカ現代美術シーンの最初の興隆期、『大地の魔術師たち』展のキュレーターでもあるアンドレ・マニャンとジャン・ピゴッツィたちの活動について、その学術的文脈づけの希薄さから「市場的な価値づけが先行した」と認識する人もいるが、マニャンたちは、アフリカのアーティストから作品を直接大量に購入してコレクションを創設し、自分たちで展覧会を企画してインスティチューションに働きかけるという、かなり独特な形態でアーティストの認知を獲得していった。一般的なアートマーケットでの売買を通じて価値が上がっていったわけではない。アンドレ・マニャンは、マーケットでもアフリカ現代美術の領域を作ることに貢献しようとギャラリーを2009年に立ち上げるが、Fiacに初めて出品するのは2019年のことである。アンドレ・マニャンのマーケット進出については、https://www.59magazine.nl/andre-magnin などを参照
注7 "With 'a much bigger audience,' he said, came 'the stress—and I didn’t know the stress until things started going to auction.'" 前掲注1

注8 "but at this point, he feels there’s a stain on the whole thing. 'It’s been through so many people that I don’t think I want to buy it back,' Boafo said.” 前掲注1

注9 前掲注1、Relationships Gone Sour の段落参照

注10 "Boafo said he hasn’t made a decision yet but confirmed that he had met with Pace Gallery and Gagosian. (The galleries declined to comment.)” 前掲注1

注11 "The wave of auction sales is 'not sustainable for his practice long-term,' she said. 'We are dedicated to placing the works amongst responsible patrons.'” 前掲注1

注12 ちなみに筆者はこうした面から、タグチアートコレクションの、公立美術館での展示開催、出張タグコレなどの色々な事業を尊敬しています。

注13 Philippe Degan and Serfe Michel, "« L’art Africain » sous le regard de l’Occident," Le Monde, Hors-Série « Art, Le Printemps Africain » Mai-Juin 2017, pp.61-63

注14 Corrigall & Co, Contemporary African Art Ecology: A Decade of Curating, 2018, p.66

注15 "'The vision is to provide a safe space where artists can come together, practice, collaborate, experiment, and also learn to express their art in the purest of ways,' Boafo told Artnet News."

Rebecca Anne Proctor, October 25, 2021, "Without State Funding, Ghana’s Rising Stars Are Building an Art Infrastructure of Their Own to Cultivate the Next Generation of Creatives", Artnet News
https://news.artnet.com/art-world/artist-led-spaces-in-ghana-2024186

注16 前掲注15、Artists for Artists の段落参照

注17 "Mahama’s other goal in rehabilitating existing structures is to convince the Ghanaian state to preserve the country’s heritage through maintaining historic buildings." 前掲注15、

注18 Ibrahim Mahama and Vanessa Peterson, October 06, 2021, "How Ibrahim Mahama's Installations Exhume Political Ghosts," frieze.
https://www.frieze.com/article/how-ibrahim-mahamas-installations-exhume-political-ghosts

注19 Rebecca Anne Proctor, 2019. "Why Is Everyone Talking About the African Art Market?," Artnet Intelligence Report 2019. Welcome to the Age of Art Industry (Art World is Over). New York: Artnet, pp.54-79

注20 前掲注15にも、"As the international art market hungrily eyes the rapid production of Ghanaian artists, with collectors quickly snapping up its up-and-coming names and international institutions scurrying after its artists for museum shows and residencies." との記述がある。また、Artnet Newsでもしばしばガーナのアートを特集した記事が発行されている。ガーナのシーンをより知りたい人には、"Inside the Accra Art Boom: How a Rising Generation of Dealers in Ghana Are Seizing the Moment" https://news.artnet.com/news-pro/dealers-ghana-art-boom-1992053 や "Beyond Amoako Boafo: The Next Emerging Names You Need to Know in Accra, Ghana’s Rapidly Accelerating Art Hub" https://news.artnet.com/news-pro/seven-emerging-artists-in-accra-ghana-2009184 がお薦めです。


著者

中村 融子 | Nakamura Yuko

京都大学大学院アジアアフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻博士課程。東京大学法学部卒業。美術史・人類学の手法を用いて、主にアフリカ現代美術を研究する。美術制度史やアートエコシステムに焦点を当て、近代的美術制度の中心と辺境、陶芸史、現代陶芸もテーマとして扱う。キュレーター、講演等の活動を行っている。
著作に「アートシーンのフィールドワークー現代アフリカ美術を取り巻く場と人々」『現代アフリカ文化の今 15の視点から、その現在地を探る』(青幻舎)がある。