36thサンパウロビエンナーレ&ブラジルアートシーン交流ツアー

ツアー実施日:2025年8月31日~9月9日
【招聘キュレーター】
木村絵理子(弘前れんが倉庫美術館 館長)
鷲田めるろ(金沢21世紀美術館 館長)
能勢陽子(東京オペラシティアートギャラリー シニアキュレーター)
飯岡 陸(横浜美術館 学芸員)

【ビエンナーレWebサイト】https://36.bienal.org.br/en

2023年に引き続き、サンパウロビエンナーレのオープニングに合わせ、第2回目のブラジルツアーを挙行しました。今回は人数を絞り4名のキュレーターの方々にお越しいただきました。それぞれ個別の日程で参加されたため、全員揃うのは1日だけという入れ替わりの忙しいツアーとなりましたが、今回は現地ジャパンハウス主催のトークイベントへの登壇(そのうち1回はビエンナーレ会場を使用)や、ビエンナーレ初日以降のパブリックプログラムへの参加など、初めての試みも盛りだくさんでした。サンパウロビエンナーレには今年は3名の日本人作家(石川真生、イケムラレイコ、吉増剛造)が参加、プレビューイベントのトークに登壇した木村絵理子氏によって作家作品の紹介もなされました。ビエンナーレを見て知っていただくという目的のみならず、今回は日本のプレゼンス向上にも貢献する活動ができたのではと思います。

 毎回サポートしてくださるビエンナーレ財団の皆様、駐日ブラジル大使館の皆様、現地で歓迎してくださった皆様に、この場を借りて感謝の意をお伝えいたします。

ツアー参加キュレーターにより、参加報告の短文を寄せていただきましたので、こちらにご紹介いたします。

ビエンナーレ会場入口 Precious Okoyomonの作品

木村絵理子(弘前れんが倉庫美術館 館長)

遠くて近いブラジル。2023年に続いて、2回目となったブラジルへのキュレーター派遣に参加する機会をいただき、今回はそんな言葉がより実感を持って感じられる滞在でした。あらゆる場所と人がより近くに感じられ、ブラジルの人々のアートへの熱量と繊細さに強い敬意を抱く旅となりました。

第36回目となったサンパウロ・ビエンナーレは、前回に引き続いてブラジルの民族的・文化的多様性に立脚しつつ、アフロ・ブラジルの詩人であるConceição Evaristoの詩に着想を得て「Not All Travellers Walk Roads – Of Humanity as Practice」をテーマに開催され、複雑に絡み合う様々な時代や地域における人間の営みを、ヒューマニティーの実践という観点から柔らかく読みとこうとする展示です。直感的な理解を促すために、キャプションや解説は作品から離れた場所に固まって掲示され、作家名も作品タイトルも知ることなく、背景となる情報も読み込む前に、まず作品と向き合うという作品鑑賞の根源的な体験は、カラフルで有機的形態を基調とした会場構成と相まって、改めてアートの愉しさを思い出させるようでもありました。

筆者にとって滞在中最大のイベントは、第36回サンパウロ・ビエンナーレの内覧会の日に開催されたラウンド・テーブル「The presence of contemporary Japanese art in Brazil and Japan: Dialogues across the sea」に、ビエンナーレのキュレーターの一人であるThiago de Paula Souza氏と、ジャパン・ハウス・サンパウロのディレクターであるNatasha Barzaghi Geenen氏、そしてビエンナーレ出品作家の一人であるイケムラレイコ氏とともに登壇したことでした。これはタグチアートコレクションによる協力の下、サンパウロ・ビエンナーレとジャパン・ハウスとの共催で実現したイベントで、ビエンナーレに出品した日本のアーティストを中心に、ブラジルにおける日本の現代美術のプレゼンスについて紹介しようとするものでした。筆者のプレゼンテーションでは、日本の周縁におかれた地域、とりわけヤマトとは異なる民族的バックグラウンドを持つエリアからの発信という観点から、蝦夷である北東北(弘前が含まれるエリア)と、琉球(沖縄)を取り上げました。具体的には、サンパウロ・ビエンナーレ出品作家である沖縄の写真家・石川真生(筆者の前職である横浜美術館が初めて公的機関として作品を収蔵、20年以上に渡って親交を持ってきた作家でした)と、当時、弘前で開催中の「開館5周年記念展 ニュー・ユートピア:わたしたちがつくる新しい生態系」に出品中だった渡辺志桜里(サンパウロ・ビエンナーレのプレ企画として東京で開催されたInvocationsの参加作家であり、2025年11月にはジャパン・ハウス・サンパウロでの展覧会も控えていました)による一連の作品に共通する視点です。

日本国内に多様な民族的背景があること、現代アートにおいてそうした非中央集権的な視点からの発信があることは、ビエンナーレやサンパウロの他の美術館で開催されていた展覧会や、ブラジルのアーティストたちの活動とも共鳴するものだと感じます。それはたとえば、戦後ブラジルの前衛美術を社会状況と重ね合わせながら紹介したサンパウロ州立美術館で開催されていた「POP BRAZIL: Avant-Garde and New Figuration, 1960-70」と題した展覧会で、外形的な類似とは裏腹に、ブラジルのポップが、イギリスやアメリカのそれとは一線を画した社会構造の変化に伴って生まれた表現であったことを検証するものであったことにも通じるでしょう。地理的にはもっとも遠くにあるブラジルと日本で、それぞれ異なる表現を追求するアーティストやキュレーターたちの活動が、同じビジョンを共有しているよう心強さを感じる滞在でした。改めて貴重な研鑽の機会をいただいたタグチアートコレクションの田口美和さんと、塩原将志さん、そして、学びの多い意見交換の時間を共にしたキュレーターの皆さんに感謝いたします。

ビエンナーレ会場中心部 Tanka Fontaの作品

鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)

初めてのサンパウロで、街も美術館もビエンナーレもすべてが新鮮な体験でした。ビエンナーレや美術館、ギャラリーもそれぞれ良かったですが、最も印象に残ったのはコレクター訪問でした。ペドロ・バルボサ氏、リカルド・アカガワ氏、ジョゼ・オリンピオ・ペレイラ氏と、世界を代表する現代美術の大コレクターを訪ねることができました。普段はビエンナーレを訪れても、美術館どまりで、プライベートなコレクションを見せていただく機会はそう多くありませんが、今回は田口美和氏のコネクションによって見せていただけたことは、今回の訪問のハイライトでした。

そして、3人のコレクターが三者三様であることにも驚きました。バルボサ氏は、モダンな邸宅にコンセプチュアルアートを中心に展示されており、資料的なアーカイブも充実したものでした。アカガワ氏は、広大な敷地に建てられた西洋の古典主義的な邸宅の中に、世界各国のアートフェアなどで見られる作品が所狭しと置かれていました。ブラジル日系人画家の作品も収集し、2008年のブラジル移民100年を記念してまとめて兵庫県立美術館に寄贈されたと聞きました。オリンピオ・ペレイラ氏は、ブラジルの作家の作品を網羅的に収集して、改修した倉庫に展示しており、最も美術館的でした。

ビエンナーレ会場のイケムラレイコ作品
ビエンナーレ初日 パブリックプログラムの様子

能勢陽子(東京オペラシティアートギャラリー シニアキュレーター)

移民百周年の2006年から2008年にかけ、豊田市美術館で開催した「日本−ブラジル:きみのいるところ」(ブラジル人作家12人、日本人作家2人が参加)という展覧会の調査や打ち合わせのため、何度か渡伯していた。脱欧米中心主義と脱植民地主義に関心を寄せてきたこと、また政治性も身体性も含んだダイナミックかつ繊細なブラジルの現代美術に生来惹かれることから、ブラジルはいつも調査のために訪れたい国であった。しかし具体的な展覧会の予定でもない限り、なかなか渡航は叶わない。そんななか、今回の田口美和氏による招聘は、17年振りのブラジル訪問を叶えてくれるものであった。

田口氏がボード・メンバーのひとりを務めるサンパウロ・ビエンナーレは、カメルーン出身のボナヴェンチュラ・ソー・ベジェン・ンディクンが芸術監督を務め、アフロブラジル作家を代表する詩人の詩から着想を得た「Not All Travellers Walk Roads – Of Humanity as Practice」をテーマに、先住民の文化を介した自然との再接続、黒人のディアスポラ、それらに関わる世界の覇権が詩的に語られる構成であった。出品作家には日本の写真家・石川真央氏が含まれており、沖縄のブラック・コミュニティや人々との邂逅を愛と共に伝える写真は、この芸術祭の移動による文化や人々の混淆というテーマを、より豊かかつ多様に広げるものであった。プレシャス・オコモヨン、フォレンジック・アーキテクチャー、オトボン・ヌカンガなどのアーティストに加え、原住民を出自とする作家の絵画も含まれており、サンパウロで開催される意義があり、かつ見応えのある国際展であった。

サンパウロ・ビエンナーレと同じく原住民の文化が息づくブラジルだからこそ、自然と生きるとはどういうことかを考えさせるサンパウロ美術館MASPでの「Histories of Ecology」、脱植民地主義の視点から得るところの大きかった「the Earth, The Fire, The Water And The Winds: For A Museum Of Errantry With Édouard Glissant」、そしてブラジルの軍事政権化の歴史も垣間見ることができるサンパウロ州立美術館ピナコテカでの「POP Brazil」は、どれもブラジルの現代美術を知ることができ、かつ現在の世界で共通して向き合うべき問題が見えてくる、有意義な内容であった。

そして、過去に行なった単独でのリサーチでは決して訪れることのできなかったコレクターの邸宅で、それぞれ特色のあるコレクションを調査することができたのも、とても得難い経験となった。特に河原温や松澤宥など日本の60年代のコンセプチュアルアートの研究を行なってきた立場からすると、世界中の優れたコンセプチュアル・アートのコレクションを拝見できたことは大きい。また、今回は予定が詰まっているため連絡していなかった、過去に仕事をしたアーティストやギャラリストにも次々と会うことができ、再会を喜び合うことができた。

このようなブラジルへのリサーチトリップの機会を与えてくれた田口美和氏に改めて感謝したい。そして今回の調査を、必ず今後のキュレーターとしての仕事に活かしていく。

ジャパンハウストーク@ビエンナーレ会場 木村さん登壇
ジャパンハウストーク@ビエンナーレ会場 飯岡さん、鷲田さん登壇
ジャパンハウストーク@ビエンナーレ会場 田口登壇

飯岡 陸(横浜美術館 学芸員)

サンパウロ・ビエンナーレのインターナショナルアドバイザリーボートの一員である田口美和氏のご支援による今回の日伯交流ツアーのひとつの特徴は、美術関連の施設を巡るだけではなく、出資者やコレクター、ギャラリストといった経済的な支援者との交流の機会にありました。ファンドレイズに関して距離をとってきたこれまでの自分を自覚しつつ、こうした方向からこのビエンナーレを経験することは、イタリア系ブラジル人の実業家アルマンド・デ・アラウージョ・カストロによって設立されたこのビエンナーレを、むしろ正当に参与観察することだったのかもしれません。様々な文化が混じり合うサンパウロのダイナミックな文化=経済生態系とビエンナーレはどのように互いを反映し、影響を与え合っているのか?どのようなステークホルダーがこの巨大な事業を振り付けているのか?こうした疑問を念頭にビエンナーレを巡ることになりました。

また周辺で開催された展覧会もたいへん興味深く、有意義な調査となりました。年代順ではなく部屋ごとに古典・近代・現代を織り交ぜながらブラジルの植民地主義な歴史観を再考する常設展、いかにポップアートが民衆の政治的表現に取り入れられてきたかを振り返る企画展「POP Brazil」を開催し、アクセシビリティへの配慮が各所に見られたサンパウロ州立美術館ピナコテカ。コロンビア、アイスランド、日本、ニュージーランド、ペルー、トルコなど22カ国におけるエコロジー実践をサーベイする展覧会「Histories of Ecology」(日本からはTHE PLAYや平田実-ハイレッドセンターが紹介されていました)を開催していたサンパウロ美術館MASP。エドワール・グリッサンが所有していた美術品のコレクションやノートをを南北アメリカ、カリブ海諸国、アフリカ、ヨーロッパ、アジアの作家の応答とともに開示する「the Earth, The Fire, The Water And The Winds: For A Museum Of Errantry With Édouard Glissant」を開催していたトミエ・オオタケ・インスティチュート。これらのプログラムから、当然ながら東アジアからみたものとは全く異なる「トランスナショナルな」言説的布置が見えてくることからも大いに刺激を受けました。

また今回の視察では、日系ブラジル人アーティストの芸術的文脈にも接することになりました。日系ブラジル人の生活を描き続け、ブラジル日本移民資料館の設立にも関わった半田知雄、日本からサンパウロに移住後、39歳から独学で制作をはじめ、その後ブラジルを代表する抽象画家・彫刻家となったトミエ・オオタケ。ジャパンハウスでの交流トークでモデレーターを務めていただいた半田の研究者でキュレーターのアラン・イズミザワ氏、ツアー中のガイドをしていただいた久保ルシオ氏からもブラジル社会と現代美術の関係、日系社会の位置づけを含めて多くの示唆をいただきました。もちろん、ある地域の芸術実践を理解するため学ぶべきものは尽きず、また渡伯の機会を探りたいと感じているこの心境こそが最大の収穫ではないかと思います。改めてこのような機会をいただいたことを感謝申し上げます。

コレクターの自宅を開放したパーティ
トミエオオタケのレジデンス&スタジオ
ツアー参加の皆さまと