ArtReview Power100にみるアフリカのプレゼンス(1)アフリカ視点でみる世界

もはや「アフリカの現代美術、珍しいですね!」ではない

アフリカ現代美術が専門で…というとしばしば、非常に珍しいことをやっているね!!というようなリアクションを頂きます。たしかに、日本語で情報を検索すると、ウェブでも紙でも非常に限られた情報しか出てきません。
しかし、アフリカ諸国はグローバルなアートワールドですでに一定の立場を確保しており、英語・フランス語で検索すれば毎日のように新しい情報が追加されているといって過言ではありません。
「大地の魔術師たち」(1989年、パリ・ポンピドゥーセンター)をひとつの契機として、アフリカ大陸本土や欧米諸国はもちろん、韓国や台湾でも、あらゆる動きが積み重なって今日に至っています。
はっきりいうと、日本語圏の情報と実践は、国際的な美術状況から、取り残されている状況です。

また、現在のアート全体を考える上でも、西洋中心主義からの脱却やアートの脱植民地化といったキーワードは、必須知識です。
例えば、グローバル・サウス(かつては第三世界という言葉が使われていましたが)のマーケット関係者を繋ぐプラットフォームであるSouth Southには、多くのアフリカのギャラリーやキュレーターとともに、田口美和さんもアンバサダーとして参加されています。非西洋地域同士の連帯は、マーケットのレベルで実践に移されており日本も当事者です。もはや、
アフリカ現代美術って珍しいですね、から悠長に話を始めている場合ではない。

……だとしたら、どんなことを”言ってる場合”なのか。

これを知るため、ArtReview Power 100を題材に、2月27日に無料オンライン講座「アートパワー100に見るアフリカのプレゼンス」の配信が田口美和、塩原将志、中村融子の3人のトーク企画として実現しました。(イベント概要および登壇者プロフィールはこちら→アートパワー100にみるアフリカのプレゼンスーアフリカ現代美術シーンの現在地ー

この記事では私中村が、ダイジェストで内容をお伝えいたします。「今」、アートワールドでアフリカに触れる感覚を、パワー100を通じて一緒に掴んで参りましょう。

Art Review Power 100と、2020年ランキングの特徴

まず、塩原さんからパワー100の基本をご解説頂きました。

Power 100は、ArtReview誌(1949年創刊)が毎年発表する、アートに影響力を持つ人々のランキングです。Po選考に関わるパネルは、20~30人。パネルが誰かは具体的に明かされておらず、以前にパワー100にランクインされた人物が入っていることと、パネルの活動拠点(デリー、上海、北京、ニューヨーク、ロサンゼルス、メキシコ、サンパウロ、ドバイ、パリ、ベルリン、ミラノ、ロンドン)だけが明かされています。

今年の特徴としては、コロナの影響で、いつも上位を占めていたメガギャラリーのランクが落ち、その結果、アカデミックの人々のランクインが増えました。そして、BLMとMetooのムーブメントが入ってきた。

また、今回テーマとなるアフリカの人々は、国籍でカウントすると、2018年から毎年3~5人ずつ入っています。2020年の特徴は、アフリカン・アメリカンを中心にしたアフリカ系ディアスポラの方が増えたことです。”黒人”の方が増えたと言われているけれど、その内訳としては、アフリカ諸国からというより、ディアスポラが多いということに注目しましょう。

▲Power 100 カテゴリー別集計(作成:田口美和)

ランキングをアフリカ視点で見てみよう

さっそく、上からランキングを見てみましょう。

1位 Black Lives Matter

Black Lives Matterは、2013年に始まった欧米諸国での反人種差別運動です。私もアフリカを専門に扱ってはいますが、アメリカや南アフリカといった白人中心国家での黒人差別というのは実に構造的で複雑な経緯を経ており、うかつにコメントできないというか、これから勉強を重ねなければと思う分野でもあります。

BLMへの注目が日本でも高まる今年、私が気になったのは、日本語圏ではしばしば、欧米諸国(いわゆるGlobal North)でのエスニシティの問題、同じ国民間で起こる構造的人種差別の問題と、アフリカ大陸の出来事や脱植民地の問題がごっちゃにされていること。そしてその結果、アフリカ大陸の話題、植民地支配の負の遺産、アフリカの表象の主体性についての議論や実践の積み重ねが、無視されていることでした。

様々な場面でもどかしさを抱くと共に、正直「美術の専門家がこんな発言を?」とびっくりすることも多く、欧米経由でアフリカを見るのではなく、アフリカ大陸の側から世界を見る視点がアートにはもっと必要だと痛感しました。そして、いわゆる「黒人」の解像度を上げるということと、ブラックアフリカだけじゃないとアフリカの多様性を知ること、アフリカの歴史や文化、政治の解像度をあげていくこと。国際的なアートを見る上では必須の視点ですが、アートを通じてこそ知りやすいとも思います。

▲アフリカのアートインフラマップ(デザイン:高石瑞希)。アートシーンの代表的な人物をみるだけでも、色んな人がいることがわかりますね。


さて、日本の報道等であまり扱われないアフリカ大陸視点の重要問題の代表例が、次に扱う「古美術返還」ではないでしょうか。

3位 Felwine Sarr and Bénédicte Savoy

三位には、セネガルの経済学者Felwine Sarr (フェルウィン・サール)とフランスの美術史家、Bénédicte Savoy(ベネディクト・サヴォイ)がランクインしました。この二人は2018年、フランスのエマニュエル・マクロン大統領に、大統領勅命のもと、アフリカ諸国から略取された美術品の返還を促す報告書を提出したことで知られています。植民地時代に旧宗主国に持ち去られた古美術の返還は、長年問題になってきました。マクロン大統領が2017年にアフリカ遊説において「優先的な課題」として扱ったことで、具体的な動きを見せています。

Felwine Sarr, at left, and Benedicte Savoy. Photo: Alain Jocard/AFP/Getty Images.

▲Felwine Sarr(左)と Benedicte Savoy(右) Photo: Alain Jocard/AFP/Getty Images.


日本の古美術も部分的に海外流出していますが、根本的に違うのは、アフリカ各国では美術館・博物館に行っても古美術が本当に全然ない!ということ。聖像破壊といって、入植者や教会の宣教師が、在来の宗教の道具であった彫刻や仮面を破壊したという事実もあります。現地の美術館には、日本人の想像を超えて現地のものがないんです。教育の過程でも、まったく自国の古典に触れられないわけですね。

そして、フランスのモダン・アートにアフリカの古美術が影響を与えた事実は有名ですが、それもこうしたできごとと裏返しです。アール・ネーグルやプリミティヴィズムを通して、"西洋近代美術の巨匠が認めたから"という角度でアフリカの美を賛美することの問題点は、意識しなければなりません。

日本でも広義の植民地主義的な展示を見直す動きはあります。例えば、静岡県立美術館の木下直之館長は、着任直後にいわゆるミイラ展の開催を見直しました。また、アフリカ諸都市では、「旧植民地から返してもらった後」を見据え、古美術の展示場所を作ったり、箱モノだけではなくちゃんと市民に届ける仕組みを用意する流れがスタートしています。

24位 Achille Mbembe

▲Courtesy Wikimedia Commons

24位には、ポスト・コロニアル理論の大家である哲学者、Achille Mbembe(アキーユ・ンベンベ)がランクイン。2001年に"On the Postcolony"を出版し、学術界では多大な影響を与え続けてきた人物ですが、パワー100には2019年初めてランクインしました。ポスト・コロニアルの理論が、アートにおいても無視できない影響力を与え始めたことが分かります。
またンベンベは2016年、フェルウィン・サールと共にLes Ateliers de la Penséeという年一度のカンファレンスをセネガル・ダカールで立ち上げました。これも、アフリカに関する学術的な言説を生む重要なプラットフォームになっています。2020年にサールとンベンベはオープンレターを通じて、人種差別的なまなざしから離れた、新しいアフリカへの歴史観が必要であると訴えています。

第二弾では、アフリカ現代美術のスターである、キュレーターやアーティストらのランクインを通じて、いまもっともアツい大陸のアートシーンの動きをお伝えしたいと思います。


著者

中村 融子 | Nakamura Yuko

京都大学大学院アジアアフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻博士課程。東京大学法学部卒業。美術史・人類学の手法を用いて、主にアフリカ現代美術を研究する。美術制度史やアートエコシステムに焦点を当て、近代的美術制度の中心と辺境、陶芸史、現代陶芸もテーマとして扱う。キュレーター、講演等の活動を行っている。
著作に「アートシーンのフィールドワークー現代アフリカ美術を取り巻く場と人々」『現代アフリカ文化の今 15の視点から、その現在地を探る』(青幻舎)がある。