ArtReview Power100にみるアフリカのプレゼンス(3)世界とアフリカの現在とこれから

ArtReview Power100を通じて、「アフリカ視点で世界を見る」感覚を掴む配信のレポート、第一弾第二弾では、アフリカ現代美術シーンからランクインした人物や運動と背景事情を説明してきました。
配信では最後に、ランキング全体を見て今年のランキングの特徴を概観し、アフリカ関係のランクインがどんな人たちと並んで評価されているかを改めて眺めました。

ランキング全体を見て

非西洋への注目の高まりは、インドネシアのRuangrupaが2位であることからもわかります。2022年開催のドクメンタ 15のディレクターにも選ばれました。第二弾でお伝えしたように、ルブンバシ・ビエンナーレにも参加し、新しいグローバルの経路ができています。
3位の「古美術返還」に取り組む二人は、Metoo(4位)より上位のランクインであることをみると、国際的な重要性が理解できます。

アフリカン・アメリカンのキュレーターとアーティスト

▲Thelma Golden Photo: Julie Skarratt

8位には、ハーレム・スタジオ美術館のディレクター、Thelma Golden(テルマ・ゴールデン)がランクイン。塩原さんは、Frequency (2005年)というアフリカン・アメリカンの作家を紹介した展覧会で彼女を知り、この展覧会を通じてアフリカン・アメリカンのアーティストに注目するようになったといいます。00年代からずっとアフリカン・アメリカンについて取り組んできたキュレーターで、今年は、40位にランクインしたHank Willis Thomas(ハンク・ウィリス・トーマス)など、彼女が紹介してきたアーティストの注目が上がったことで彼女のランクも上がりました。同様に、ギャラリーのランクが上がると、そのレプレゼントするアーティストにも影響があります。13位 Pamela J.Joyner(パメラ・ジョイナー) もアフリカン・アメリカンのアーティストを多く扱うコレクター。多くの美術館のトラスティーにも入っているような「大物」で、South Southでは田口美和さんと共にアンバサダーを勤めています。

49位、Simone Leigh(シモーヌ・リー)は、次回2022年の第59回ヴェネツィア・ビエンナーレにて、アメリカ館代表黒人女性で初めてアメリカ館をレプレゼントするアーティストです。ちなみに彼女はセラミックを素材としているのですが、私中村は自身の研究で現代における陶芸(Ceramics)の国際的な立ち位置の変化を対象にしていることもあって、注目しています。

メガギャラリーとノンプロフィット(非営利団体)

32位、コヨ・クオの直前、29、30、31位は、Larry Gagosian (ラリー・ガゴシアン)David Zwirner (デイヴィッド・ツヴィルナーIwan Wirth, Manuela Wirth & Marc Payot(イワン・ワース、マヌエラ・ワース、マーク・パイヨ)。ガゴシアン、デイヴィッド・ツヴィルナー、ハウザー&ワースとメガギャラリーが3連続してのコヨ・クオ。日本の美術市場全体のそれを超えるような年商を誇るメガギャラリーのギャラリストに、アフリカ大陸の、しかも非営利組織であるアートセンター・美術館でキャリアを積んだ人物が並ぶということに彼女の仕事の偉大さを感じます。アートにおける「パワー」とは何か、どうその「パワー」を作れるかについて学ぶものの多い並びです。

65位、Liza Esser(リザ・エッサーズ)は、エル・アナツィやインカ・ショニバレをレプレゼントする大ギャラリー、南アフリカのグッドマンギャラリーのギャラリストです。オンラインのプラットフォーム South Southの立ち上げを主導しました。南アフリカは、近現代を通じて、アフリカ大陸の中でもブラック・アフリカとは異なる立ち位置にある国ですが、(エジプトと南アはアフリカじゃない、みたいなジョークもあったりします)近年パン・アフリカンな動きが美術では多く見られます。従来のGlobal Northの側で加わる形で商売をしてもいいところ、非営利団体への寄付や教育普及的な活動を通じて、アフリカや非西洋の連帯を促す仕組みづくりへのイニシアティブを取る姿勢には感銘を受けます。
直後にサミー・バロジが67位で入ってきますが、南アに比べて政治経済的に安定性が低く、国家のサポートが薄いコンゴ民主を拠点に、ここに入ってくるすごさを感じますね。

アジア・環太平洋地域とアフリカ

▲キム・スンジュンPhoto:  cho.ok.soo

42位には、シドニー・ビエンナーレのディレクター、Brook Andrew(ブルック・アンドリュー)がランクイン。NIRIN(ウィラドゥリ語で縁、辺境…の意味)というテーマで、オーストラリアの先住民やクィアのアーティストに光をあてたビエンナーレには、サミー・バロジ(コンゴ民主)やイブラヒム・マハマ(ガーナ)らアフリカからも多くのアーティストが参加しました。

72位には韓国、光州ビエンナーレ財団のキム・スンジュンが入賞。光州の民主化運動の記憶を受け継ぐビエンナーレですが、今年の2008年の第七回にはナイジェリア人キュレーターのオクイ・エンヴェゾーがディレクターとして登用したことで有名で、2021年に開催される第13回でも多くのアフリカのアーティストを紹介しています。83位にも韓国のギャラリスト、リー・ヒョンスクがランクイン。ソウルにあるKukje Gallery(国際ギャラリー・국제갤러리)のオーナーです。配信当日、塩原さんの後ろにかかっていたアボリジリーのダニエル・ボイドの作品もこのギャラリーから購入されたようです。国際的な視野を持って環太平洋的な展開がここにも見られます。
このように東アジアの美術シーンでは、独立した主体として世界の美術の中で自身の歴史や文化をその中で表現するビエンナーレ、ギャラリーが多く存在し、そこでは西洋近代的な視野ではない視野でものごとが展開しているんですね。
「日本はアフリカから遠いので関心って持ちにくいですよね~」みたいな話を耳にすることもありますが、少なくともアートについて言えば、東アジアでは異なる枠組みですでにことが進んでいます。むしろアートを通じて一般社会に関心の回路を開く役目を担っていきたいところですね。

国籍別ランクインから考える

ランクインしたアフリカ大陸の関係者をおさらいすると、南アフリカやガーナといった英語圏からのランクインが多い点についても議論がありました。その中で、コンテンポラリーのアート、とくにマーケットでは、フランスよりもアメリカ・イギリスのパワーが強いことが理由として挙げられました。日本では美術の本場!という強いイメージがあるフランスですが、モダンアートや戦後のアヴァンギャルドまでの話。コンテンポラリーではアメリカが強く、ヨーロッパでも、YBAの時代からイギリスが強いプレゼンスを誇っています。パワー100を国別にみると、ここ三年連続一位はアメリカで二位がイギリス。併せて40人前後を占めます。フランスは毎年7,8人入るかというところです。フランスは、ポンピドゥ―・センターを始め国を挙げての取り組みで、現在少しずつ勢いを取り戻そうとしています。

塩原さんから、国別でみても日本がなかなか入ってこない状況(2018年2人、2019年1人、2020年はランクインなし)をさみしく思い、これから日本からのランクインが増えるようなアートの展開に期待したいとのまとめを頂きました。アフリカの実践は、以前欧米中心性の強い国際的なアートワールドでどうパワーをつけるかについて、日本のお手本にもなる部分があります。

これからのスターたち

最後に、きっとパワー100にもランクインしてくる、次世代のアフリカ現代美術シーンのスターたちの動向を紹介します。

▲© Aida Muluneh for the Nobel Peace Center

アーティスト

Ibrahim Mahama(イブラヒム・マハマ):田口さんは、2015年のヴェネツィア・ビエンナーレで、エントランスに延々と続くジュートの袋に圧倒されたとその第一印象を語ります。2017年にはドクメンタ14、Pinchuk Art CenterによるFuture Generation Art Prizeを受賞。2018年Basel Miami でMargulies Collectionに収蔵されたマハマ作品と再会した田口さんは、若手の登竜門である有力アワードの受賞とビックコレクションへの収蔵という進捗を目の当たりにして、将来の活躍が約束されたような印象を受けたそうです。そして2019年、ヴェネツィア・ビエンナーレに初参加したガーナ館に満を持して参加。こんな世界的アーティストでありながらマハマは、ガーナのタマレでSavannah Center for Contemporary Art というアートセンターを自ら運営し、教育や美術史、図書館に関する多角的なプログラムを次々と打ち出しています。それらの功績が認められ、2020年に、プリンス・クラウス賞を受賞。オランダのクラウス殿下の名前を冠した、発展途上国で文化と開発に貢献したイニシアチブに対して贈られる賞で、2008年にはエル・アナツィも受賞しました。

Joël Andrianomearisoa(ジョエル・アンドリアノメアリソア):同じく2019年ヴェネツィア・ビエンナーレでマダガスカル館を担当したジョエル・アンドリアノメアリソアも、マダガスカルの首都アンタナナリボにアートセンターHakanto Contemporaryを、マダガスカル館のスポンサーでもある事業家と創設。
Aidah Muleneh(アイダ・ムルネ):フォトジャーナリストの経歴も持つ、写真を用いるエチオピアのアーティスト。2020年には、ノーベル平和賞のコミッションを受けて、飢餓と政治をモチーフにした連作を制作。こちらから充実したオンライン展示がご覧になれます。

Gosette Lubondo(ゴゼット・ルボンド):2020年CAP Prizeを受賞。サミー・バロジと同じくコンゴ民主共和国の写真を用いたアーティストで、アメリカでは同じAxis Galleryに所属しています。1993年生まれの若さで国際的な多くの展覧会でカバー・アイキャッチにも採用される次世代のスターアーティストです!
Eddy Kamuanga(エディ・カマンガ):サミー・バロジと同じコンゴ民主共和国の若手スター。フランスでは同じImane Farèsに所属しています。近代化や民族の誇り、アフリカの表象を巡って独自の目線で表現した絵画で知られます。

キュレーター・ギャラリストたち

Touria El Glaoui(トゥリア・エル・グラウィ):アフリカ現代美術のアートフェア、1-54を創設したモロッコ出身のギャラリスト。

ツァイツ・アフリカ現代美術館のキュレーターたち:6人の女性キュレーターを特集したこちらの記事では、コヨ・クオ、トゥリア・エル・グラウィと並んで、ツァイツ美術館のキュレーターTandazani Dhlakama(タンダザニ・ダラカマ)が紹介されています。ツァイツでは、彼女の他に、Sakhi Gcina(サキ・チーナ)というキュレーターがLGBTQのアーティストを取り上げた取り組みで注目されています。クオの後進の躍進が期待されますね。

さいごに

以上、パワー100を通じてアフリカ視点で現在のアートワールドを総覧してみました。アフリカに関する情報は、義務教育や大手メディアの報道を通じて得られるものも随分限られ、また偏っていましたが、世代を下るごとにその状況に大きな変化が起きていると思います。私自身、今の高校生はこんなに学校で習うのか!と驚くこともあり、そのたびに、自分の知っていることが限られているという前提をもって、様々な情報に自分自身を開いていきたいと思うところです。今日では、多くのアーティストやキュレーターはInstagram等を通じて日々様々な発信を行っています。ぜひ、気になったアーティストたちをフォローして、アフリカから直に発信される情報に接してみてください。このコラム等を通じて、次世代のアーティスト、キュレーターやコレクターについて、まとめて発信できるような機会ももちたいと思います。


著者

中村 融子 | Nakamura Yuko

京都大学大学院アジアアフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻博士課程。東京大学法学部卒業。美術史・人類学の手法を用いて、主にアフリカ現代美術を研究する。美術制度史やアートエコシステムに焦点を当て、近代的美術制度の中心と辺境、陶芸史、現代陶芸もテーマとして扱う。キュレーター、講演等の活動を行っている。
著作に「アートシーンのフィールドワークー現代アフリカ美術を取り巻く場と人々」『現代アフリカ文化の今 15の視点から、その現在地を探る』(青幻舎)がある。